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札幌地方裁判所 昭和42年(ワ)416号 判決

原告 空知コマツ農機株式会社

右代表者代表取締役 白木弘

右訴訟代理人弁護士 田村武夫

被告 荏原札幌交通株式会社

右代表者代表取締役 磯安雄

右訴訟代理人弁護士 田村誠一

主文

被告は原告に対し金九一、〇〇〇円及びこれに対する昭和四二年四月二〇日から支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の、各負担とする。

本判決中原告勝訴の部分は仮に執行することができる。

事実

第一、双方の求めた裁判

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金三二七、四二〇円及びこれに対する昭和四二年四月二〇日から支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を決めた。

第二、主張

(請求原因)

一、原告は昭和四二年二月二七日、四二年式トヨペットクラウンデラックス(札五も四二〇〇号)を訴外札幌トヨタ自動車株式会社より一、〇三〇、〇〇〇円で買受け所有し使用していた。

二、昭和四二年三月二三日午前零時一五分頃原告代表者白木弘が右自動車を運転し札幌市北二〇条東一丁目(通称石狩街道)交差点に於て信号待ちのため停車していたところ、訴外藤田武司の運転する被告会社の営業車に追突された。

三、右事故は、訴外藤田が交差点において自車進路前方に停車している自動車の在る場合に通常守るべき注意義務を怠った過失により発生したものである。

四、(1) 右追突事故により、原告所有の自動車は後部バンバー、左リヤのフェンダー、トランクの蓋、エプロン等に大きな損傷を受けたほか、総体的に前方に圧縮され、ドアの開閉に支障をきたすなど外観上機能上大きな損傷を受けた。かかる衝突事故に遭遇した自動車は、外観上修理は可能であるとしても、全体的に歪みや打撃を受けており目に見えない機能上の瑕疵を包蔵するものであり、現に、訴外財団法人日本自動車査定協会札幌支部に右事故車を査定させたところ、七二一、五〇〇円の価値しかないことが判明した。すなわち原告は右事故により、一、〇三〇、〇〇〇円の新車が一挙に七二一、五〇〇円まで価値を減ぜられ、差額三〇八、五〇〇円相当の損害を蒙った。

(2) そこで原告は止むなく右事故車を右査定額でもとの売主たる前記札幌トヨタ自動車株式会社に下取りに出し、右差額を支払って改めて新車を一、〇三〇、〇〇〇円で購入し、その際自動車損害賠償責任保険料として金一六、一二〇円及び登録手数料として二、八〇〇円以上合計三二七、四二〇円の支出を余儀なくされた。

五、訴外藤田武司は被告会社に雇傭されその業務執行として被告会社の営業車を運転していたものである。

六、よって原告は被告に対し民法七〇九条、七一五条に基づき右再購入に要した出費の合計金三二七、四二〇円及びこれに対する昭和四二年四月二〇日から支払済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(答弁)

一、請求原因第一項中原告が原告主張の自動車を所有していたことは認めるがその余の事実は不知。

二、請求原因第二項は認める。

三、請求原因第三項は争う。

四、請求原因第四項中原告所有の自動車の後部バンバー、左リヤのフェンダー、トランクの蓋、エプロン等に損害を与えたことは認めるが、大きな損害を受けたとの事実及び総体的に圧縮されドアの開閉に支障をきたすなど外観上機能上大きな損傷を受けたとの事実は否認し、その余の事実は不知。

五、請求原因第五項は認める。

六、請求原因第六項については、被害車は五八、九九〇円の修理代金によって充分修復可能であったから右金額の限度で支払いに応ずるがその余は争う。

第三、証拠≪省略≫

理由

原告がその主張の自動車(本件被害車と称する。)を所有していた事実及び昭和四二年三月二三日午前零時一五分頃原告代表者白木弘が札幌市北二〇条東一丁目(通称石狩街道)交差点に於て信号待ちのため前記自動車を停車させていたところ訴外藤田武司の運転する被告会社の営業車に追突された事実については争いがない。右追突事故が藤田の過失にもとずくものであったかどうかについては、本件のごとく追突の事実に争いがない以上、追突車を運転していた者に通常前方不注視ないし徐行義務違反の過失があるものと推定されると考えるのが相当であり、本件においては何ら右推定を覆えすに足りる格別の主張立証がないから、右追突事故は訴外藤田の過失にもとずくものであったと推認される。

ところで右事故によって本件被害車が後部バンバー、左リヤのフェンダー、トランクの蓋、エプロン等に損傷を受けた事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、前記自動車は原告が昭和四二年二月末頃訴外札幌トヨタ自動車株式会社から一、〇三〇、〇〇〇円で買入れたものであるところ、本件事故の翌日である同年三月二四日訴外財団法人日本自動車査定協会札幌支部が行った査定によると、その査定額は七二一、五〇〇円であったこと(当時走行粁数は約一、一〇〇粁)、原告は右自動車を前記札幌トヨタ自動車株式会社に下取りに出し、改めて同種の新車一台を一、〇三〇、〇〇〇円で購入し、原告主張の金員合計三二七、四二〇円を支出した(前記事故車に付けられていた責任保険はそのまま事故車に付随する前提で前記査定はなされたものである。)こと、の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

原告はこのように衝突事故に遭遇した自動車は外観上修理は可能であるとしても全体的に歪みや打撃を受けていて目に見えない機能上の瑕疵を包蔵するものであるか、ら完全な原状回復は望みえないものであり、原告の蒙った損害の回復のためには前記認定のように新車と買替える必要があり、これに要した前記認定の費用は全て本件の損害であると主張する。

たしかに損害賠償は被害者の受けた不利益を除き去って損害が生じなかったと同一の状態を回復させることであるから、物品毀損の場合、その物の完全な修復が望めないときには同等の品をもって填補することを考えなければならないであろうし、その物が新品で代替性のあるかぎりでは、同等の新品で代置することによって最も完全な填補賠償が実現できるというべきである。しかしながら、一方、修復の可能性は物理科学的に全く原状どおりに復することの能否をいうものではなく、社会通念上被害者の受けた不利益が除去される程度に修復しうるか否かを以って判断すれば足りると解するのが衡平の見地から妥当であるし、他方、本件のごとき自動車の場合には、《証拠省略》によると、新車といえども一旦登録されてしまうと事故の有無に関係なくその取引価格は大きく減殺され、通常新車販売標準価格の八割から十二分の一を更に減じた価額即ち前者の約七割三分程度の価額に評価されることが認められる(この認定に反する格別の証拠はない。)から、新車を毀損されたからといって直ちに他の新車をもって替えることが容認されると考えるのは妥当ではない。結局自動車に関する限り、新車の毀損の部位程度によって、一応修理は可能であってもなおかつ全体的に歪みや打撃を受けている等のために新車としての完全性が大きく損われ前記の評価減を加害者に負担させてもなお被害者に新車を回復させるのが社会通念ないし衡平の見地から妥当と考えられる場合に限って新車ないしその価額による填補賠償を認めるのが相当である。

ところで本件の場合についてみると、≪証拠省略≫によれば、本件被害車の損傷は原告の主張するように修復できない程大きなものではなく、約七四、九〇五円の見積り価額でほぼ完全な修理が期待できること(但し後記調整費用の点は留保する。)、右被害車の新車販売標準価格は一、一〇八、〇〇〇円であったから前記認定の評価方式により事故前の本件被害車の取引価格はすでに八一二、五〇〇円程度と考えられるところ、事故後における評価額は前記認定のとおり七二一、五〇〇円であったから本件事故による減価額はせいぜい右の差額九一、〇〇〇円程度と認められ、前記修理見積り代金額と大差ない金額であること、の各事実が認められる)この認定に反し五、八、九九〇円の費用で修理は完全に可能であったとする≪証拠省略≫は、本件被害車を撮影した写真に基づき且つ車体保険金算出のため保険会社の依頼によってなされた査定に基づくものであって全く信用することができず、他に以上の認定に反する証拠はない。)のであって、原告主張のように完全な原状回復が望みえないものであることならびに本件事故によって一挙に三〇八、五〇〇円相当の評価減を生ずるほどの損傷を蒙ったことの各事実を認めるには至らないし、その他本件全証拠によっても、さきに考慮したように新車の再購入に要した費用を加害者に負担させるのが妥当と考えられる程の事情は格別認めることができない。

以上のとおりであるから本件においては、被害車を他の新車で代置することによる填補賠償を認める余地はないが、他方証人古市の証言によると、本件被害車は本件事故のため左側リア・ドアの開閉に支障を来たしている等の事実が認められるところ、≪証拠省略≫を仔細に検討しても右のような支障部分の調整に要する費用が前記認定の修理費用七四、九〇五円に見込まれているとは認められないから、右修理費用見積額をもって直ちに損害額と確定することもできない。そこでこれら細部の歪みや瑕疵の調整に多少の費用を要するであろうことなどを勘案するならば、前記認定の本件被害車が一応事故の前後に有していたと考えられる取引評価額の差額九一、〇〇〇円が、本件事故によって原告の蒙った損害額をほぼ適確に表示している金額であると認めるのが相当である。以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

そして本件事故を起した訴外藤田が被告会社に雇傭され、本件事故当時その業務執行に当っていた者であることは当事者間に争いがないから、結局、被告は民法七〇九条七一五条により原告に対し右認定の損害額九一、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることの記録上明らかな昭和四二年四月二〇日から支払済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって原告の本訴請求は右の限度でこれを正当と認めて認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却し、なお訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅弘人)

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